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鑑賞記録 #ヒメアノ〜ル

どうか最後まで席を立たないでほしい。どうか勇気を持って劇場で観てほしい。剛くんが好きで剛くんを嫌いになりたくないって足踏みしてるなら、その心配は全くないから観てほしい。スクリーンにいるのは『森田』で、その存在すべてに『剛くん』はいないから、大丈夫。エンドロール中に帰る人が私の見える範囲で誰もいなくて、明るくなってからも少し座ったままざわざわするような、そんな映画でした。
R15要素はグロというより痛い感じで首が吹っ飛んだりしないから血が大丈夫なら平気だと思います。あ、パンフレットは絶対に、絶対に観終わってから開いてね…!

 
以下ネタバレ有り。
 
 
 
 
 

日常と狂気が紙一重であるということは、私たち誰もが森田という存在になり得る危うさを持っている。ラストシーンで本来の、変わってしまう前の森田が突然姿を現して、そこから震えと涙が止まらなかった。「こんなはずじゃなかったのに」高校1年生に戻った森田を抱きしめる人は誰もいないし、抱きしめられることもない。


ムロツヨシさんはひとつの救いをと仰っていたけれど、私にとってあの終わり方は映画のどの殺人シーンより恐怖だった。人を傷つけることは恐ろしいし、傷つけられたくない。森田という狂気は日常に潜んでいていつ自分に襲いかかってくるかわからない、それは怖い。だけど私はそれよりも自分が森田になる可能性がないとは言えなくて怖かった。

「優しい普通の子がどうして」とか「いじめのせいだ」なんてことをこの映画は言っていない。日常と狂気は紙一重、の意味が鑑賞前と観賞後で全く変わってしまった。
切なくて苦しくて怖かった。
映画を見ている観客の視点としてはもしかしたら「ユカちゃんもっと警戒しろよ」って思うのかもしれないけど、実際私たちの生活にもこんな恐怖は潜んでいるわけで、そして私たちは誰も自分のこととしてそれに怯えてはいないわけで。自分のこととして見ていない世界は紙一重ですぐそばにある。

お母さん、麦茶持ってきて。
またいつでも遊びに来てね。 朝起きて冷蔵庫開けて麦茶飲もうとしたら涙があふれてきた。私は森田だったかもしれないし森田になるかもしれない。あの狂気が自分の中にもあることを知っているから私はこう感じました。
ほんとうに、100人見たら100通りの感想があるんでしょう。私は森田が犬を避けた瞬間に体が動かなくなって「あれ、岡田くん?」を聞いた瞬間から涙が止まらなくなった。自分の感情に頭が追い付かなくて泣いているのと怖いのとでエンドロール中震えが止まらなくて嗚咽が出そうで顔を覆って俯いて泣き続けた。明るくなっても止まらなかった。映画の世界に引きずり込まれたわけじゃないし、森田には少しの同情も無い。だけど切なくてたまらなかった。可哀想だとは思えないけれど。
複雑で複雑で未だに自分の中でごっちゃごちゃだし時間経つほどにこんがらがってくる。自分の感情の答えを探しにまた観るべきなんだろうけれど、もう一度劇場に足を運ぶ勇気が私にはない。DVDが出ても買って家で見ようとは思えない。
いつもに増して話あっちこっち飛んでるけどこれ以上うまく書けない、強烈でした。
ぜひ劇場で、観てください。
 
 
1日置く前の、観てすぐの感想もいちおう。違うサイトに書いたやつだけど。

友人はもちろんV6ファンの人たちにも勧められない。グロいというよりは痛いしひたすらわけがわからなかった。
森田(役名)はたくさんの人を殺したけれど森田という人格も高校の頃に殺されてしまったんだろうか。だとしても少しも彼に同情はできないし、私は誰にも共感はできなかった。
でも、私たちは誰もがヒメアノールであってヒメアノールを屠る強者でもあるんだと思う。

ただただ「意味がわからない、怖い」でしかなかったのにラスト突然苦しくて悲しくて切なくてやるせなくて涙が止まらなくなりました。森田のことは少しもわからないしわかりたくないしわかりたくもないけど、私たちはきっと誰しも森田になるスイッチを持っている。同情はできないけれど共感してしまう危うさが誰にでもある映画でした。
もう一度観に行く勇気もなければDVDを買うような映画だとは思えない。でも、観てほしい。気持ち悪くても最後まで観てほしい。
自分が何を感じて泣いたのか全く分からないけれど、劇場のライトがついても顔を覆って泣き続けたのはこれが初めてでした。
私のスイッチが入らないことを祈ります。 

 ユカちゃん(佐津川愛美ちゃん)めっちゃ可愛いかった!!!!!!!!!!!!!